骨董市

2009/03/15

桜シリーズその2 石蹴り

↓幕張の骨董市で買った石蹴りガラス。近いのでよく行きましたが、なんと去年限りで撤退!とても残念ですが、それなりに思い出も出来ました。これはお店の人に「ペーパーウェイトにもなるよ」って薦められましたっけ。直径6.5cmもあり、確かにどっしりとした重みがあります。沢山ある中で、私はこの大きさと絵柄が気に入りましたが、実際に遊ぶにはどうでしょうね、重いと使いづらいのかしら。

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↓千葉市内で撮った本日の桜。蕾がだいぶ緑色になりました。

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2009/02/12

天狗

骨董市で見つけた石蹴り。厚いところでも5mm程度で、実際に石蹴りに使おうものならすぐに欠けて割れてしまいそうな薄さです。日頃私が石蹴りを買う予算から大幅にはみ出ましたが、この絵柄が妙~に気に入り購入。天狗とは身内でもなければ親戚でもないのに、何か、こう、身近な感じがするのはどうして?と考えてみたら、花札の箱に描かれていましたよね(笑)。気に入った原因はそこにあったか。皆さんは天狗と花札の関係についてご存知でしたか。

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江戸時代の花札は、賭博に使われ社会に害を及ぼすものとして禁令が出ていたほど。そこで売る側は表向きは別商売をしながら裏で密かに作り、買う方も人目を避けて店に入ったとか。買いに来たお客は黙って自分の鼻を撫でるか、「鼻あるか?」と囁くのが合図。「鼻」は花札を表す隠語として、また、鼻の大きな天狗はその象徴として使われるようになった、というような新聞記事をこの間偶然読んでいたのでした。

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なるほど、そんなお役目もあったとは・・・恐れ入りました。

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2008/09/22

千葉今昔

↓昭和初期の古葉書。銚子の海鹿島(あしかじま)にあったプール。

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↓ほぼ同じ場所を撮影した現在の写真。オレンジ色の矢印の箇所が一致する部分。

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骨董市などで買い集めている千葉各所の古葉書の写真の場所に、実際に足を運んで現在の様子を撮影しています。まだ始めたばかりですが、ビーチコーミングに出かけた時などにも、立ち寄れればいいかなと思っています。『散歩三昧 千葉今昔のページ』にまとめて行きますので、よろしければご覧下さいませ。

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2008/07/29

幻の?香水ビン

骨董ジャンボリーにて、『カネボウ 幻の香水ビン!』と書いた紙が貼られたカゴに、無造作に入っていたうち一つ(だけ)購入。未使用品で蓋は無し。何のことかお店の人に尋ねましたら「昭和50年代に香水ビンとして作られたものだが、事情で香水が発表されなくなった」とか。世の中に出回ることのなかった「幻の香水ビン」だそうです。その時に作られた香水ビンには他にも種類があるとのことでしたが、残念ながらそのお店にあったのはこの種類のみでした。真偽のほどはわかりませんが、ちょっと面白いお話でしょ?

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↓別角度。海で拾えたら嬉しいけれど、きっと中に入った砂を抜くのが大変ですね(笑)

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※都合で「非公開コメント」はお受けしていません。何かあればメールへご連絡下さい。

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2008/07/27

骨董ジャンボリーへ行きました

私はこれで2回目です。去年は最終日に行きましたが、前日の台風の影響で集中したためか混んでいました。今年は一般向けの一日目。去年よりかは回りやすかったように思いました。↓正面。一部、屋根というか庇のない部分があります、日陰がないと長~いですよ。

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前回は紙の入場券でした。出入りの際にはその半券を見せていましたが、今年は↓こちらのボールペンがその代わり。首からぶら下げればよいので楽そうですが、それだと前かがみになって見る時に品物に当たってしまうので、私は結局服の中に入れておきました。

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前回ほど欲しいものが見つからず、わずかに買ったものの一つが↓この香炉、300円也っ!新しいものです。せっかく骨董市に来たのだからと探して回ったのですが、香炉自体の数が少なかったのと、他は桁が二つ三つ違いましたのよ、わはは(^◇^)。骨董市と言いながら、雑貨屋さんを思わせるお店がいくつかありましたね。

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前に海で見つけたのと同じビンが売られていて、正体もわかりました。お洒落なビンでもなく、持ち帰るか悩んだものでしたが、そのお値段にビックリ!拾っておくものですねぇ(笑)。ちなみに↓これは行きに家の近所の工事現場で拾ったビンです(いつだって拾う私・・・)。今のところ正体はわかりませんが、この日の一番の戦利品はこれ・・・かなぁ(^^ゞ

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2008/07/25

馬の絵の軍事郵便葉書

陶片狂さんのブログで軍事郵便の葉書が取り上げられているので、私も一枚。 陸揚げされる軍馬なのでしょう。こうして戦地へ送られた馬には人のように除隊や復員があるわけではなく、骨すら故郷に帰ることはなかったそうです。骨董市で「1枚いくら」と普段は買わないような金額でしたが、何となく置いて帰ることが出来ずに購入した1枚です。

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軍事郵便葉書の絵や写真には色々ありますが、実際に使う人にはどういうものが好まれたのでしょうね。当時は「どの絵がいい」なんていうことは言えなかったと思いますが。この馬の絵はどうだったのでしょう。過去に北海道新聞に連載された「戦禍の記憶」の中の↓軍馬について書かれた記事を読むと、馬と馬に携わった人々の辛い様子がうかがえます。
http://www5.hokkaido-np.co.jp/syakai/senkanokioku/gunba/01.php3
http://www5.hokkaido-np.co.jp/syakai/senkanokioku/gunba/02.php3

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↓「陸軍恤兵部(じゅっぺいぶ)発行」?

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2008/07/08

代用品の煙管(キセル)

富岡八幡宮骨董市で見つけた煙管です。時代劇などのイメージだと吸い口と頭の部分は金属ですが、これは代用品として作られたもので、全部やきものです。ちなみに煙管の頭の部分は「雁首(がんくび)」と言うのだそうです。「がんくび揃えて」の雁首なのですね。

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↓「岐78」の統制番号入りです。

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↓吸う時の手つきはこんな感じでいいのかしらね?りちょうけんさんのブログ「時のかけら」で取り上げられていたので、あるのは知っていましたが、想像していたより小さいのでびっくり!長さは約10cm、笛かと思ったくらいです。りちょうけんさんの記事にもありますが、戦時中、紙巻タバコに替わり、刻んだタバコの葉とそれを巻く紙が配給されるようになると、量を増やすためイタドリなど野草や梅・ツバキの葉を乾かし、混ぜて巻いて吸う人もいたとか。巻き紙は学習が禁止となった英語の辞書の紙が使われたとか。代用品・・・考えたものですね。

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↓わはは、家にあったもので「煙草盆」の雰囲気。何がどう使われるのかはわかりませんが。よく見るのは煙草盆に?雁首をポンポンとぶつけている様子です。灰を落とすためですかね。この煙管だと、ぶつけたら割れちゃうと思いますが、どうしたのでしょうね。

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2008/06/19

シャンプーが粉だった

↓これ、何だかわかりますか?「洗髪粉」・・・シャンプーですね。骨董市で見つけたのですが粉のシャンプーがあったことを、私は今回初めて知りました。日本髪の美女の描かれた袋のサイズは11×7cm、袋ごとの重さが53gほど。

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↓裏側です。熱いお湯で溶いて使うそうですが、髪以外にも衣類や食器も洗えるとあります。販売されたのは、価格等統制令によりマーク(これはマル公)をつけることが義務付けられた昭和15年(1940)から、統制令が廃止される昭和21年(1946)の間でしょうか。日本髪や非常に汚れている場合には2袋使うのなら、これは髪の短い男性の約1回分くらいなのかな。

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↓もう一つ「高級洗髪料 美人毛髪營養之素」は玉子入りで少し高級そうです。美女も写真になっています。袋のサイズは13.5×9cm、袋ごとの重さが83gほどで、上のものよりは沢山入っています。

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↓裏側です。これには価格の表示がありません。「サラサラとして漆の如き黒艶となる・・・」 時代は違っても、美しい髪の表現は変わりませんね。

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2008/06/18

ネックレスができました♪

えへへ、素敵でしょ?トップ部分に見覚えのある方もいらっしゃるかしら。そうなのです、トップ部分は前に骨董市で買ったもので、ブログに写真を載せたこともあります。それを今回、私がよくお邪魔するサイトのtrifleさんにお願いしてネックレスにしていただきました。(6/12の記事に、このネックレスのことが取り上げられています)

trifleさんは様々な素材のパーツを使ったアクセサリーを作られ、ご自身のオンラインショップやオークションで販売されています。以前千葉の海についてネット検索された際に、たまたまこのブログをご覧になり、コメントを残して下さってからのお付き合いです。以来、trifleさんのブログにお邪魔するようになり、そのセンスの良さに魅了されています。

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↑トップ部分を「メダイ」と言うそうです。欲しかったのは「Tシャツにも合うメダイのネックレス」。TシャツとGパンが定番のスタイルですからね(笑)。とはいえ、自分で作るのはとてもとても。チェーン一本、ビーズ一つどこで買ったら良いのか、どんなものがあるのかわかりませんし、パーツ同士をきれいに付けることなど、到底出来そうにありませんでした。やはりこういうのはよくご存知の方にお願いしたくてtrifleさんにご相談したところ、快く引き受けて下さいました。

チェーンに始まり、ビーズの色・大きさ・配置、全形に至るまで、trifleさんに提案していただきその中から私が選びました。なので、非常に好みに合うものとなりました。仕上がりもキレイ。オリジナル!世界で一つだけ!こういうのって、最高の贅沢ですよねぇ^m^ すでに着けていますが、Tシャツにも合ってとても気に入っています。trifleさん、ありがとうございました。

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2008/05/23

桜に錨の盃

幕張駅前骨董市で購入した盃↓です。桜の花の中に錨があることから、海軍の入・除隊又は凱旋記念の盃でしょうか。お安かったのですが、業者さんからよくお話を伺えませんでした。縁の部分に汚れがあるので、当時は売り物にならなかったのかしら。特に「○○記念」などの文字は入っていません。

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戦地に赴く際の見送りや餞別への返礼に、こうした盃や湯呑・お盆などが関係者に配られたそうです。古くから盃の生産が盛んな多治見市市之倉の盃に関する資料によれば、こうした慣習が始まったのは日清戦争(1894~95)の頃で、日露戦争(1904~05)の頃には盃の種類も量も増え、「戦勝記念」「満期記念」と銘も様々だったとか。日露戦争後の戦勝景気で人々の金離れも良くなり、相当数の出荷があったようです。「佐倉連隊にみる戦争の時代」(国立歴史民俗博物館)によると、太平洋戦争(1941年~)の直前になると、こういった「贅沢」な慣習を止めるよう軍は度々指導し、それでも止むことはなかったそうです。結局は太平洋戦争の終わり(1945年)とともに姿を消したのでしょうね。

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