外房

2010/08/29

実は有名なお魚でした

前回UPした「見向きもされてなかった魚」ですが、イサキの幼魚であることがわかりました。教えて下さったzaimokuza77さん、三苫のYAMADAさん、どうもありがとうございました。この背中の縞模様↓が小さい頃の特徴で、「うりぼう」などと呼ばれることもあるのだそうです。1年で15センチ前後に成長するそうで、私が浜辺で見てきたのはちょうどそれくらいですね。いやぁ、イサキでしたか・・・そうとわかっていたら・・・ねぇ(笑)。

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イサキと言えばなかなかの高級魚です。食べたさ半分、耳石欲しさ半分で以前購入した時の家計簿っ!(笑)を見ると、22~3センチ程度のもので一匹400円していたことがわかります。そうか~、イサキだったのか~。

画像が未UPでしたので。イサキの耳石です。

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2010/08/27

見向きもされてなかった魚

梅雨も終わりの頃、打ち上げられた小魚が沢山。どういうわけだか、この魚だけこんなことになっていました。昼近くで大部分は干からびていましたが、上がりたては新鮮だったでしょう。誰も拾わないのかな。こういう時には地元の方々にお聞きしたいところですが、暑さのせいか残念ながら人っ子一人見当たらず。鳥が啄ばんだ形跡すらありませんでした。

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浜にいたトンビと思しき大きな鳥たちが群がっていたのは、漁師さんか釣り人が捨てたのか大きな魚の頭や内臓部分で、争奪戦が繰り広げられていました。

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打ち上がって間もないものはこんなにキレイ。こう見えても私、お魚図鑑を持っているんです。すごいでしょ、びっくりでしょ(笑)。で、調べたのですけれどね、魚はどれも似ていて難しい。名前がわかるまでには至りませんでした。

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2010/08/13

空部屋あります

何を撮りたかったかというと、岩に空いた穴に入っているイソギンチャク。

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見たところ、おひとり様ずつ収まっていたようです。イソギンチャクが自分で穴を空けたのか、他の誰かが空けたのかはわかりませんが、まるでマンションのよう。岩陰でイソギンチャクは見ますが、こういう図には私初めて出会いました。集団生活を送りつつプライバシーも大切にしているのかな。中には噂好きなイソギンチャクなんていうのがいたりして(笑)。

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イソギンチャクマンション、中間階が人気のようでした。

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2010/07/30

その名の理由

『エボシガイ』で検索すると、BCでもお馴染みの方々のサイトや画像が続々登場しますので、その世界ではよく知られているのでしょう。だけど、私みたいに知らない人もきっといると思う、エボシガイの殻の形。2枚が合わさっているのかと思いきや、5枚ですって。

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東京湾のいつもの浜で物に付着していると言えばムラサキイガイ。二枚貝の僅かな隙間から糸状の物を出して張り付いている姿こそ私には馴染みが深く、エボシガイもてっきりそうかと思っていましたね。常に窓が開いた作りだったとはびっくり!密集していたら付着部分が見えないし、この殻を目にしなかったらずっとわからなかったかも知れません。いいもの見たな♪

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で、エボシガイの『エボシ』って頭に被る『烏帽子』のことだったのかな~と、今まで全く考えもしなかったことにふと気が付いたわけです。そう言えば・・・見えなくもない。

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2010/07/23

大きな羽根

羽根はね、今まで拾ったことがないんです。持って帰りたいと思うようなのに出会わなかったのと、野鳥の病気が取り沙汰されたりしたもので、飼い鳥に影響があってもと神経質になる部分もありまして。でもこれは美しいし大きい。迷いましたが拾って来ました。

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先の持ち主様がわかりませんが、浜辺に群れていた大きな鳥はトンビかしら。風切り羽根、先に見えている部分かな。翼を広げたらこの羽根の4倍くらいになるのかしら、大きいなぁ。

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測ったら40センチ以上ありました。さすがに手に持って飛ぶ真似なんかは、してたりして。ちなみにもう2枚は我が家のインコちゃんたちのを置いてみたのですが、ちっちゃ!

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2010/07/16

ばいばい

長年連れ添った車とお別れすることになり、この日は最後のドライブへ。14年間、晴れの日も雨の日も、いい時も悪い時もいつも一緒。私のことを一番よく知っていたりするかもねぇ(笑)。Vちゃん・・・車に名前をつけて呼ぶ人って気味が悪かったけれど、うちのにもしっかり愛称がついて、話しかけたりもしてて・・・。そんなことでここ最近の私、ちょっとブルーが入ってます。

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何度か一緒に走ったことのある道。海へ行く時にはいつもおにぎりと水筒を持って、帰り道は袋いっぱいの陶片が(笑)重たかったね。

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タイヤやマットが砂だらけになっても、気を遣わない仲でした。

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浜を歩いてて振り返ると、いつも待っててくれるのが嬉しかったな。ありがとうVちゃん。

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・・・と、久しぶりに海へ出かけたので、その様子などもUPして行きます。

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2009/06/16

これもお宝

海岸で(まあ、その他の場所でも)、まるいものが目に入れば駆け寄りますわよ・・・ね?(笑) 円形や球体の物体は、皿や石蹴りや銭や浮き玉などの完全体を妄想させるからでしょうね。私の場合だとカガミガイとビン底、それに平ワッシャーかしら、特に駆け寄り度が高いのは。で、今回は↓これ。「わ~お、石蹴りの完品見っけ!」・・・こんな状態、ドキドキするでしょう?

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が、しかし・・・これってグラスの台座部分↓じゃないのよぅ!紛らわしいにもほどがあるぞ~!が、待てよ・・・もしかしてこれはあのガラスでは?と例の光を当ててみるも、うんともすんとも。何だかね、とことん振られちゃいました(笑)。

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ま、いいさ、ちょっときれいだし。振られまくった分、印象に残るお宝になりそうです。

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2009/05/25

「JAPAN」

BCをしている時、気がつくと歌を口ずさんでいることが多いですね。海岸では人気(ひとけ)を感じないでいられることが多いので。多少?下手くそでも、歌詞がうろ覚えでいい加減でも、遠慮が要らなくていいのです。皆さんはいかがですか?

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浜には色んなものが漂着していますでしょ。なので、それを見ながら口ずさむ歌も色々なの。例えば、キャクターグッズが目に入るとアニメソングとか。冬場、干物状態になった魚を見れば思い浮かぶのは熱燗で、そういう時はもちろん演歌よね。

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今日は陶製のサイコロ↓を見つけましたの。海モノは初めて。嬉しさのあまり浜で一発叫んだ余韻なのか、帰りの車の中でも家に着いてからも、ずっと頭の中で流れていました。

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「ジャペ~ン!」って。・・・何だかもう、ぐったり。

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2009/01/11

ドン・ロドリゴ

「ドン・ロドリゴの幸運~交流の始まり~」という本が、1/4日付の朝日新聞地方版の記事で紹介されていました。ん?「ドン・ロドリゴ」という名前に覚えあり・・・。

1609年、スペイン領フィリピンで臨時総督をしていたドン・ロドリゴが、任務を終えメキシコへ帰る途中、乗っていた船が悪天候のため房総御宿町沖で遭難。300人余りの乗員が地元の人々に助けられたという話。当時人口約300人の村民から食料や寝る場所などを提供され、10ヵ月ほどの滞在中にロドリゴは将軍や徳川家康にも会ったとか。

↓御宿町岩和田田尻海岸。一昨年2月に訪れていました。ここが人で溢れ返ったそうです。初めて見るわ、言葉は通じないわ、しかも自分たちと同じだけいる突然の来訪者を、当時の御宿の村人たちはよく受け入れたと思いますねぇ。ロドリゴさん、ほんと幸運でしたよ。

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↓そうそう、これを見て記憶にあったのです、この時はさらりと読んだだけでしたが。寒くてね。いやいや、こんなに後になってネタになるとは。

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↓この日は曇っていて寒くて人気(ひとけ)もなく、これという漂着物もなし。正直、あまり好い印象が残っていなかったのですが、本を読んでまた行ってみたくなりましたね。BCが思わぬ歴史のお勉強に・・・繋がることもあるのですよ~ん。

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この本は千葉県内の図書館に置かれています。

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2008/03/07

九十九里浜の古銭に何を想う

「文久永宝」は幕末に流通し、4文として通用していたのですね。幕末は物価高で、江戸では蕎麦が24文にまで値上りしたそうで、4文で何が買えたのやら。当時の九十九里一帯では攘夷ならびに窮民救済をスローガンに掲げる「真忠組」と名乗る浪士隊が、富裕層から金銭・米・武器を強要し救貧活動を行ない、地元九十九里の漁民からも支持を得ていたようです。強要された富裕層からの訴えと、組の拡大で藩に目をつけられ、結局は発足後1ヶ月ほどでつぶされたとのことですが、この文久永宝はそんな騒動を間近に見ていたのかしらね。

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九十九里浜で古銭ときて、まず頭に浮かんだのが測量学者の伊能忠敬さんでした。一定の歩幅で歩くことでその歩数から距離を計算し、地図を作った方ですね。もしかして伊能さんが九十九里浜を歩いている最中に落としたのではと思ったのですが、調べてみると時代にズレがあってそれはあり得ないのでした。九十九里の海岸は全部で60キロほどあるそうですが、私もいつか昔を想いながら歩いてみたいですね。翌日の疲れを考えなくてもよいほどの長い休みがとれたらの話ですが、もし実現したらこのブログにUPするでしょう、いつのことやら。

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